インドに行った話 その4 最終話, デリー観光、そして帰国

前回のベンガルールに到着した話からの続き, インド四部作の最終回です.

無事ベンガルールでの仕事を終え、デリーまで国内移動. グルグラムのダイヤパークプレミアに宿泊したところまで前回でお話しました.

朝起きたらデリー観光プランが出来上がってた!!

仕事終えてほっとしたのと、日系のホテルで安心したせいもあってぐっすり眠れ、いつもより遅く起き、朝食会場へ.

たしかスパイスの入ったがラムオムレツだったような記憶が…

朝食をとりおわったあと、ホテルのロビーに同行している若手のH君がいます.

夜の便で日本に帰る予定でしたので、夜までホテルでゆっくりしてるのも良いかなぁ、なんて思ってたら、H君いわく

今日一日、デリー観光のタクシーチャーターしました!!

なんと仕事が早い.

日本人のコンシェルジュがいて、チャーターの依頼したそうです、さすが.

一日チャーターしてたしか5,000ルピーだったと記憶してます. 日本円で7000円くらい.

デリー観光の後、ホテルに戻って空港までの送迎を含めて、です. 安い.

インドの通貨の話

ちょっと寄り道してインドの通貨の話.

インドルピー紙幣

2018年に紙幣新しくなりました, 上は2013年当時の写真です.

出張した当時のレートは1ルピー=1.7円.

100ルピー紙幣を例にとって話しますが、紙幣の表側にはヒンディー語と英語で書かれています.

インドの公的共用語としてヒンディー語と英語の使用を規定しているため、紙幣の表にはそれらの言語で書かれています.

ただインドではそれ以外に多くの言語が使われており、その中でも州公用語がいくつか定められています.

紙幣の裏側にはそれらの言語、アッサム語,ベンガル語,グジャラート語,カンナダ語,カシミール語,コンカニ語,マラヤーラム語,マラーティー語,ネパール語,オリヤー語,パンジャーブ語,サンスクリット,タミル語,テルグ語,ウルドゥー語が書かれています.

実際にはそれ以上の、方言を含むと800の言語がインドで使われているそうです.

言語が異なれば、文化も生活習慣も異なり、それらを一つの国としてまとめるのは簡単なことではないでしょう.

インドの人口増加率は約18%.

そして国民の平均年齢は28.4歳(2020年時点)と若く, そうなると経済成長が期待されるところですが、先に述べたようなインドという国としてまとめるところに経済成長する上で大きな難しさがあるようですね.

デリー市内観光に出発, まずはクトゥブ・ミナールへ

チャーターしたタクシーがホテルに到着、早速H君といっしょにデリー観光に出発.

最初の目的地は世界遺産クトゥブ・ミナール(Qutab Minar)

世界最大でインドで最古のミナレットとされています.

ミナレットとはイスラム教の宗教施設に付属する塔とのこと.

高さが72.5mあり、その麓から見上げるとスモッグのデリーの空をバックにそびえ立つ塔の姿を前にしばし茫然としておりました.

場内でボランティアでガイドをやっているオッちゃんから、塔の内部にらせん階段があって上まで登れるけれども、1980年代に修学旅行の少女たちが階段から転落し、多数の死傷者を出してからは立ち入り禁止になった、という説明を受けました.

ボランティア・ガイドのおっちゃんがしゃべる英語が不思議なことに、テレパシーでも使ってるんじゃないかと思うくらいとても分かり易く、クトゥブ・ミナールの観光を楽しめることが出来ました.

おっちゃん曰く、ここはヒンズー教、イスラム教、そして仏教の三つの宗教で使われていた施設だったそうで、建物のあちこちでその三つの宗教の特色が混ざりあっている世界でも珍しいところだそうです.

上の写真はそれぞれの宗教の特徴がみられるところをガイドのおっちゃんに教えてもらって撮ったと記憶してますが、残念ながらそれぞれがどの宗教のそれに該当するかは忘れてしまいました…

北側には建造の途中で放置されたような遺跡がありました.

アラーイーの塔と呼ばれるこの塔、クトゥブ・ミナールよりも高い100mの塔を建てようとしましたが途中で断念してこの姿を残している、そうです.

観光を終えて、ガイドのおっちゃんと別れるとき、ボランティアだけどいくらかいただけるとありがたい、とのこと.


相場が分からないので500ルピーほどお渡ししたら満足されたご様子. こちらも貴重なお話が聞けてとても満足でした. おっちゃん、どうもありがとう.

フマーユーン廟

クトゥブ・ミナールをあとにして、次なる目的はフマーユーン廟

ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンのお墓で、有名はタジマハールの原型となった廟と言われてます.

入場料がインドの人と我々含む外国人で違う(当然外国人が高い)、ってことに驚きながら先に進みます.

中に入ると外の混沌とした風景と違い、とても綺麗に整備された公園のよう.

さすがに現地のイヌ君も昼間の暑さはこたえる様子…

外側も美しいのですが、ドーム内部の装飾もとても美しい.

メッカの方向に向いてる格子スクリーン.

ひとつひとつが人の手によって作られたものなんですねぇ

フマーユーンの模棺. 遺体を納めた棺はこの直下に安置されているそうな.

同じ敷地には様々な貴族の廟があり、その一つがイーサー・ハーン廟.  フマーユーン廟よりは小規模ですが、とても均整の取れた美しい建物です.

ここに入るときだけはそとの混沌としたインドの景色を忘れた一瞬でした.

インド門、デリー市街観光

フマーユーン廟をあとにした我々、運転手さんはデリー市街を案内してあげよう、ということでインド門周辺を案内してくれました.


タクシーを降りたとたん、待ってました…とばかり押し寄せる物売りの方々の洗礼を受けながら見物.

説明を受けたけれども詳しいことを忘れてしまったのが残念. 政府の施設も素敵.

コンノートプレイスで昼食、絶品カレーを食し感激!!

あちこち歩き回ってすっかりお腹がすきました.

昼食はコンノートプレイスの一角にあるVeda Restaurantでカレーを頂きました.

その話はこちらにも書いてますのでよかったら読んでいただけると幸いです.

さすがは本場のカレー、人生で食べたカレーの中で1位と言っても良いでしょう. ホントに美味かった!

店内はとてもゴージャスでな雰囲気.

ここのカレー、もう一度食べたい!!

ガンジー記念博物館

午後の観光はガンジー記念博物館に立ち寄りました.

とても落ち着いた美しい場所ですが、ガンジーが暗殺された場所だったとは…このブログを書くまで知りませんでした.

デリーの中心部でもよくサルを見かけましたが、ここにもいました.

写真はちょっと分かり辛いですが…遠くから刺激しないように撮った一枚.

一日すっかりデリー観光を楽しみました. いよいよ帰国のときが来ました.

インディラ・ガンジー国際空港へ

いちどホテルに戻り、シャワーを浴びてスッキリ.

なぜかインドのホテルのシャワーにあるせっけんはとても良い香りがします.

一日観光でお世話になったタクシーで インディラ・ガンディー国際空港にむかいます.

空港に到着、

帰国前にやりたかったのが街中のあちこちあるチャイスタンドでチャイを飲むこと.

チャイを飲みほしたあと、素焼きのカップを地面に叩きつけて割る、ってのをやってみたかったんですが…なんだかワタワタしているうちに空港についてしまってそれもかなわず…

その代り、と言ってはなんですが空港内にあるスターバックスコーヒーでチャイが飲めることが分かり、早速オーダー

インディラ・ガンディー国際空港のスターバックス. TATA財閥と提携してインド国内展開してます.

うーん、さすがはインドのスタバだ、チャイが飲めるなんて…と思って帰国し、地元のスタバに行くと同じチャイがあった…という最後にオチがありました(笑)

そして帰国

インディラ・ガンディー国際空港の売店でこの本, DK Eyewitness Indiaを購入.

もっとインドという国を知ってみたい、という理由からです.

デリーから成田に帰る便でずっとこれ読んでました. (というかちゃんと読めないので見てましたw)

ひと口にインド、と言っても様々な顔がある、というのを改めてこの本で再認識.

デリーから成田の便はJAL. やはり日本の航空会社は良いですね、まだ現地の空港にいるけど飛行機に乗った途端に帰国した気分になります.

現地では意識はしなかったけどよほど疲れてたようで、ぐっすり寝てたのか機内の写真は残ってません. 上の写真は成田から乗り継ぎの国内便の景色. 無事に帰国できました.

ほんの短いインド滞在でしたが、言葉にあらわせないほどいろんな刺激を貰いました.

数日のインド滞在は自分にとって貴重な経験で、あの現地の空気感は現地に行かないと分からない、混沌と静寂、せかせかと慌ただしい風景とゆったりとした風景、違う時間軸が同時に存在するとても不思議で心惹かれる国、インド.

買ってきた本をたまに見ながらまた行ってみたい国のひとつとなりました.

追申:
このアルバムを聴くと当時の光景が目に浮かびます、私の愛聴盤の一枚です.

では