毎度書いてますが、早いもので12月もほぼ終わり…というよりも2025年もあと数日で終わり.
ホント,月日の経つのは早い、早すぎます…
そういえば今月でこのブログを始めてまる5年となります.
最近では月イチペースでの更新ですが,飽きっぽい自分としては良く継続しているなぁ,と思いました.
さて,かの松尾芭蕉も奥の細道の序文にて
月日は百代の過客*にして、行かふ年も又旅人也
と書いています.
学校で習った10代の頃はまったくピンとこなかった一文ですが, 還暦となってなんだかこれがわかるようになってきました.
若いころは全く全く分からなかったことが,人生の折り返しを過ぎたいまとなってわかることがでてきた, そんなことを考えさせる映画を最近観ました.
それが Perfect Days でした.
Table of Contents
映画Perfect Days
ヴィム・ヴェンダース監督による2023年の作品.
東京・渋谷を舞台に、公共トイレの清掃員として働く中年男性・平山の日常を静かに描いたヒューマンドラマ、というのが ChatGPTさんによる要約です.
特にストーリ上で大きな出来事があるわけでもなく,ただ淡々と生活する平山の姿を描写する映画です. ですので,観る人にとっては退屈なつまらない映画かもしれませんし, 実際そのような口コミを目にしたことがあります.
私としてはこの映画はとても良く分かる,とても素晴らしい映画だと思いました. 最初の20分間のセリフもなく単に平山の朝のルーティンをこなす画にくぎ付けになりました.
ただ, もし昔の自分, 30代,40代の自分がこの映画を観たら多分,冒頭の数分で観るのを止めるでしょう. 先の退屈だ,つまらないと言った人もおそらく若い人の発言だと思います.
それはいたしかたない、当然の感想だと考えます.
この映画を理解するにはある程度の年齢が必要かな、と見ながら思いました.
映画のテーマは平山の「自己肯定」

…だと勝手に思ってます.
ストーリは特になく,延々と平山の「自己肯定」を描く映画, だと思ってます.
安いアパートに一人暮らし、公共トイレの清掃員、(おそらく)さほど収入も高くないだろうと容易に想像でき、楽しみは仕事終わりの銭湯、大衆酒場で食事しながらの1杯、古本屋で文庫本を買ってきて寝るまで読むのが楽しみ…と一般的な感覚で言うとけっして恵まれた境遇にあるようには見えません.
ところが,平山は自分の境遇に対し不満を抱いている様子は全く感じません. 仕事も手抜きを一切せず責任をもって毎日取り組む. 唯一不満を抱いているケースは若い同僚が突然やめてしまって人手不足で満足に清掃できないことを事務所にクレームの電話を入れた、そのシーンだけ. 自分の仕事に対して責任を全うしなければいけないという裏返しのクレームだったと理解します.
仕事にも日々の生活にも満足していて、それには迷いがない. これは決してあきらめではなく、彼の「自己肯定」に基づくものだと考えました.
監督はその東京に住む中年男性の確固たる「自己肯定」を描きたかったのでは、と思いました.
「光」としての登場人物

庭の山茶花の写真です. 我が家の庭は狭くて日当たりが悪いのですが、一日のうち一瞬だけ日が当たるときがあります. それを逃さず撮ったのが上の写真です.
どなたか忘れましたが、写真は「光を撮るものだ」と発言された写真家がいらっしゃいました.
ある物体を撮影する際、その光の方向、強さ、色で対象物の印象が全く変わります.
平凡で毎日同じような日々を暮らす中年男性平山の生活を、ただ同じ方向、強さの光を当てて描いても映画としては成り立たない.
若いだらしない同様のタカシ(柄本時生), そのガールフレンドのアヤ(アオイヤマダ),ホームレスの男(田中泯),居酒屋の店主(甲本雅裕),昼食時に出会うOL(長井短),古本屋の店主(犬山イヌコ),妹のケイコ(麻生祐未),小料理屋のママ(石川さゆり),その元亭主(三浦友和),そして姪のニコ(中野有紗)の登場人物、いつの間にかあらわれて、特に伏線回収されることなく姿を消す…
登場人物は様々な方向、強さを持つ光、では?と.
その光によって平山の生活を照らし,彼の「自己肯定」をより立体的に、リアルに描いているのでは? と.
余談ですが、姪の名前がニコ、ってここから来てるな、と映画観ながらニヤっとした次第.
Perfect Daysに魅せられた理由は?

おそらく、これから「何者かになろうとしている」若い人にはこの映画は肯定できないだろな、と思いました.
自分のように人生の折り返し、Point of no return、後戻りできない地点を過ぎた人間でないと理解できないんではないか?と.
私事で恐縮ですが、2年前に定年退職し、現在は定年延長で若い人たちとともに現場で開発業務に携わっています、ありがたいことです.
定年を迎えた時点で役職も、開発実績もひと様に自慢できるものはありませんでした. ただ、唯一自信を持って言えるのは「やりきった感」.
失敗したこと、やり残したことは会社生活でたくさんありましたが、自分としては精いっぱいやった、は強く思ってます.
この「やりきった感」が根底にあるおかげで、今の生活も仕事も自分としては肯定的にとらえてます.
それとこの映画の彼の「自己肯定」が直結し、この映画に魅せられた理由となっていると思われます.
老後2,000万円問題とか巷で言われていますが、確かにお金は大事. それと同時にPoint of no returnを過ぎた人間にとって「自己肯定」はそれ以上に大事ではないか? と映画を観ながら強く思った次第です.
音楽もまた素晴らしい
映画で使われている音楽がこれまた素晴らしい.
ちょっと自分よりも上の年代の世代の方々が聴いてた楽曲かと思われ名前は知っているけどちゃんと聴いてこなかったのがほとんど.
何で今までちゃんと聴いてこなかったんだろと後悔しましたが、速攻でこれ買ってずっと聴いてます.
おそらくこれが2025年最後の更新かと思います.
今年も読んでいただきありがとうございました.
また来年も引き続き本ブログを何卒よろしくお願いいたします.
では、良いお年を.





